記事一覧

 西国33ヶ所の第3番にお参り(9月22日)その1

ファイル 614-1.jpgファイル 614-2.jpgファイル 614-3.jpgファイル 614-4.jpg

 第3番は粉河寺。10時に小野を出発、山陽道三木・小野ICから淡路鳴門道の布施畑JCで阪神高速に乗換、新神戸経由で生田川JCで神戸線へ、直ぐに摩耶ICで降り43号線を通って湾岸線の住吉浜ICで乗り泉佐野北ICまで乗りました。これは、中国縦貫渋滞、阪神高速神戸線渋滞、湾岸泉佐野南出口渋滞などがありましたので、網の目を縫うように行き2時間でお寺に到着しました。お蔭でまったく渋滞に合いませんでした。阪和道に乗ってもよかったおですが、ちょうど便利なICがないため、泉佐野からは地道で行きました。高速料金が1580円と安上がりでした。(山陽;650円割引あり、阪神;930円)
 昨日買ったヒョウ柄の服、黒のバミューダパンツを着てお参りしました。
 本堂、お庭、足あとなどを写真を撮りました。

 ゴルフは面白い!!運がいい!!

ファイル 567-1.jpgファイル 567-2.jpgファイル 567-3.jpgファイル 567-4.jpg

 最近はゴルフがいやになっていました。今度は11月16日に西宮の知り合いの医院のゴルフコンペがありましたので、多分調子が悪いと思いつつ参加してきました。会場は六甲国際GCというサントリーレディースオープン(写真1)でおなじみの有名で、プレイ費の高いゴルフ場です。
 6組の大きなコンペでしたが、私の組は3人でラウンドで2人は女性でした。一人は昔はシングルだった人で、最近はボールが飛ばなくなって、いいスコアがでなくなっている方ですが、アプローチショットは素晴らしいショットで感激する場面が多かったです。でも先日鳥羽のゴルフ場でホールインワンをしたそうです。もう一人はまだ初心者でいろいろモタモタされていました。
 ところで、私は前回のゴルフのトラウマがあり、あまり気のりしていませんでした。おまけに風邪を引いて咳、痰が出ていました。コンディションは最悪!前半はまぁまぁ47でラウンド。昼ご飯を食べてから、見ちがえる様になりました。特によかったのは東コース2番ホール398y(パー4写真2);ティーショットは右のラフへ、残り155yやや打ち上げでグリーン手前に木が邪魔していました。7Iでつま先上がりのショットで、フックボールが出ると思いグリーン右側の木を狙って打ち、見事ナイスオン、ピンそば2mでバーディー!!!。5番オール417y(パー4写真3);ティーショットは、右側ヘカート道の溝に入ってしまいました。ドロップして残り195yのややつま先上がりの打ち上げ!7Iを持って刻もうと思いましたが、スプーン(19°)でカットぎみでフルショット!直接グリーンにオンしましたので、奥のグリーンエッヂに止まりました。下りの難しいラインでしたが、見事パーを取れました。たた8番ホール(パー4写真4)でテーショットを右側のクロスバンカーに入れて、ボールがエッヂで脱出が困難でした。ここはトリプルを叩いてしまいました。でも後半は43でラウンドできて、久しぶりに楽しいゴルフができました。コンペは2位で、テレビとニアピン賞をいただきました。主催者からは今回ハンディー15.4で、よく頑張ったと褒めてもらい、次回ハンディーは8掛けとなり12.3となりました。

 週末は、サッカー観戦&ゴルフのシニア選手権出場!!

ファイル 556-1.jpgファイル 556-2.jpg

 27日の土曜日は、大阪長居球技場にてセレッソ大阪対浦和レッズ戦を観に行ってきました。16位のセレッソが首位のレッズに1-0で勝った試合です。本当に気分がよかったのですが、審判に腹が立っています。セレッソの方がファールを多く取り、イエローカードもセレッソばかりでした。浦和レッズの選手が悪いわけではありませんが、審判のジャッジがあまりにも不公平なのが気分が悪く、いやでした。そんな状況でセレッソが勝ったため本当に強いチームが蘇えってきたと確信しました。審判の不誠実さがデーターに出ています。例えば、ファールをすると相手に直接フリーキックが与えられます。セレッソ7回、レッズ21回です。イエローカードはセレッソ4枚、レッズ0枚となっているため、明らかに審判に不信感が出てきて当たり前とおもいませんか!?

 28日(日曜日)は、やしろ東条GCのシニア選手権に出場していました。相手はハンディ8の人です。私のハンディは20です。準々決勝なのでマッチプレーになります。ゴルフ人生で1回はマッチプレーがしたかったので、夢がかなってうれしかったです。プレーに関しては午前は1ダウンでよかったのですが、午後から崩れて14番のショートホールのパーパットがしっかり打てず、入らなくて分けてしまい、次の15番で大きなミスをして、そこがドーミーホールになってしまいました。4&3という結果でした。HD20がHD8を前半はかなり脅かして大変おもしろかった! 後半はやはり実力の差が出てやられてしまいました。年間100ラウンドの人に年間20ラウンドに満たないこの60才の青二才、打ち放しもほとんど行かない、この練習嫌いの還暦ゴルファーの華麗なる快挙でーす!!

 ヴィッセル神戸がやっと勝利!!

 ワールドカップが終わり、サッカーリーグが再開。ヴィッセル神戸は、7月12日の天皇杯で関学に負けてから、勝利の女神が遠ざかっていました。鳥栖に負け、横浜FMに引き分け、ガンバに大敗、浦和に勝ち試合を引き分けにというように!
 昨日の対新潟戦も試合内容からいうと5-3くらいの感じでヴィッセル神戸の方が優勢でした。結局双方のディフェンダーがうまく防ぐため点が入らない、引き分け濃厚の展開の中、終了間際にCK(コーナーキック)から河本選手のヘディングが入り得点、劇的勝利!となりました。
 その前にいつものお鮨屋さんの「秀寿し」さんに寄り、息子とにりを注文、マスターも「今日勝たなかったら、承知しないぞ!応援してる甲斐がない」と云っておられました。でもお寿司はサービスがよかったです!?
 車はヤマダ電機に置いていましたので、ゲームの途中で車を出しに行きました。サッカーの日は駐車料金が1000円/30分で1000円以上の買い物をすると、2時間無料になります。2時間15分駐車して1000円支払って出庫しました。
 試合でゴールしたのが、ロスタイムなので当然ゴールの瞬間は見ておりません。ただドームスタジアムの外で、屋根が閉まっていても、大きな歓声が届きました。そのときはどっちが勝ったわかりません。息子が車に戻ってきたとき、初めてヴィッセル神戸の勝利を確認!疲れるサッカー観戦でした。

 4日はいいことがありました!!

ファイル 534-1.jpgファイル 534-2.jpgファイル 534-3.jpg

 ひとつは国道175線で白バイを見つけました。ヘルメットからは長い髪が出ていました。北播磨総合医療センターの信号のところで、車両を捕らえて開放した後のようです。信号待ちで慌てて写真を撮りました!
 もうひとつは夕方に雨があり、帰宅するときには虹がでていました。意外ときれいなものですね!

 加納竜さんと対談;雑誌センチュリー(4月19日)

 加納竜さんを知っていますか?土曜日に取材がありましたので、岡山県瀬戸内市邑久町虫明にありますレジーマリーナまで行ってきました。
 加納さんは、1976年、団時朗、草刈正雄に次ぐ、資生堂の男性化粧品MG5の三代目キャラクターに選出されCMなどに出演したことでも有名で、今でもかっこいい!!男前でした!!
 雑誌センチュリーが、今回の企画として;岡山県で新規事業を立ち上げた会社の特集を組んでおり、株)光邦にオファーしてきました。そして加納さんと会社の人間で対談形式で、会社のビジョンやまた楽しい雑談などを記事にしています。
 株)光邦は別荘地を所有している人が家(固定資産税あり)を建てなくて、その土地を借りて、そこにトレーラーハウス(固定資産税なし)を設置する、医療サポート、温泉利用、船のオーナーの方には係留費の割引特典などを提供する会社です。
 雑誌センチュリーには7月号(6月下旬発売)に載る予定です!!
 加納竜さんのサイトがあるので下記をクリックしてください!
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E7%B4%8D%E7%AB%9C
http://talent.yahoo.co.jp/pf/detail/pp15690
http://www8.ocn.ne.jp/~morimoto/

 かわいい猫たち!!(その1)

ファイル 458-1.jpgファイル 458-2.jpgファイル 458-3.jpgファイル 458-4.jpgファイル 458-5.jpg

 幼少時代は黒猫がいました。いつも猫と一緒でしたので、猫の性格もよく分かっていると思います。
 例えば、のどのところを撫ぜてやるとゴロゴロといいますが、ひつこくすると、ガブッと噛んだり、引っかいたりします。ほどほどでやめないと痛い目に遭います。
 50年くらい昔の話になりますが、押入れで黒猫が出産しているのに、立ち会いました。5匹生んでいたようでした。元気な子を出産していたのを覚えています。
 ネットを見ていると、いろいろな猫などの写真がありました。見たことがあるかもしれませんが、とてもかわいくて、癒し系になります。
 犬もかわいいですが、猫もかわいいですね!!

 東京モーターショーに行ってきましたよ!(その1)

ファイル 454-1.jpgファイル 454-2.jpgファイル 454-3.jpgファイル 454-4.jpgファイル 454-5.jpg

 特にモーターショーにお目当てのものがあって、行きたくていったわけではありません。今年のモーターショーはすごく人気があると聞き、また久しぶりの東京なんでゆっくりしようと出かけていきました。。

 お台場のところの高級ホテル?に泊まり、歩いてモーターショーの会場まで行きました。朝10時から開場でしたので、10時過ぎに着くと、もうすでに人の行列が15~20列で300~500m続いているのでビックリしました。

 会場の中は広いようで、あまり広くなく、すごく混雑していました。(写真)

 私のほしい車が見つかりました!? 「BMWi8」です。この車はスーパーカーですが、実際はハイブリットカーです。燃費も40km/ℓ、馬力はエンジン:231ps、EV;131psで合計362psだそうです。一度はスーパーカーに乗ってみたいものですね!ただ車庫にこの車を入れたら車からドアを開けて降りることはできません!!(写真)

 かっこいい三輪車(写真)を見つけました。エンジンはカワサキのバイクの1100ccのエンジンだそうです。これなら買えそうですね。新車の値段は750万円だそうですので、思わず中古が出たら教えてくださいと頼みました。兵庫県では3台しか走ってないらしいです。

 帰りは新幹線から夕暮れ(写真)を眺めて帰ってきました。

 連休はとても忙しかった!!(2日3日4日)

 土曜日はスキー仲間と大阪キタ新地のお店を借り切って、すっぽん料理で宴会しました。11月生まれの私のためにドライバーをプレゼントしてもらいました。だれが打ってもよく飛ぶクラブと聞いています。
 日曜日は父27回忌、母17回忌の法事をしており、少しだけ雨でしたが、滞りなく終えてホッとしています。夕方からヴィッセル神戸対京都のJ2の試合を見に行きました。22500人くらいの観客でした。入場はなんともありませんでしたが、退場するのに1時間、車を出すのに1時間、そして試合はドローでJ1昇格はお預けになりました。車の中で、楽天が巨人を破って優勝したのを見てました。渋滞していたので、ゆっくり見れました。自宅に帰ったのは12時前になっていました。
 月曜日は大学の後輩らとゴルフでした。途中大雨になり崩れてしまい、賭けゴルフではありませんが、すべて負けてしまい食事代をだしました。負けるのは当たり前で、私以外はみんなはAクラス、Bクラスなのに、先輩なのでハンディはいりませんねといわれ、きっちりやられました。また、フロントのスタッフに知り合いの妹さんがおられ、ビックリしました。きっちり忘れ物をしてお世話になってしまいました。
 この3日間はいろいろなことがあり、本当に楽しく、思いと違うこともありましたが、充実した日々を送れました。

 大松監督ってどんな人?

「おれについてこい」
「なせばなる」

 この言葉に見憶えはないでしょうか!
 大松さんは「鬼の大松」いわれていますが、すばらしい言葉を残しています。

 大松監督は1954年(昭和29年)、ニチボー貝塚女子バレーボール部監督に33才で就任。「鬼の大松」と呼ばれるほどの徹底したスパルタ式のトレーニングは世間を騒がせるほどであった。(午後4時~12時まで365日休みなしで練習!今なら虐待で社会問題になっているかも?)

 1958年(昭和33年)には、当時の日本国内の四大タイトル(全日本総合、全日本実業団、都市対抗、国民体育大会)をニチボー貝塚は独占しています。

 1961年(昭和36年)、ヨーロッパ遠征での全勝により、ロシアのメデアが「東洋の魔女」と呼ばせるほどの成長を遂げさせています。

 1962年(昭和37年)、第4回女子世界選手権(ロシア大会)で優勝。

 1964年(昭和39年)、東京オリンピックでは、全日本女子バレーボールチームを、「回転レシーブ」に象徴される守備を重視した戦法により金メダルに輝かせる。選手への『おれについてこい!』『なせば成る』(上杉鷹山の言から引用。)などの名文句からは著書を生み出し、『おれについてこい!』は同タイトルで映画化もされています。
 同年の末、ニチボーを退社。当時43才

 1965年(昭和40年)、周恩来の招きにより中国を訪問し、中国女子バレーチームの礎に貢献。
 その後47才で自民党公認で参議院議員になられ、その頃に私の実家を講演の際の休憩に使ってくれたようです。次の選挙(53才)では落選し、再度、バレー界に戻ってイトーヨーカ堂バレー部の創部に力添えしています。。
 57才の時に心筋梗塞で亡くなられています。

 当時大松監督に質問したことを思い出しました。
「女子チームで、もっとも困ったことはなんですか?」
「男子チームと違って女子は生理があるので、女の扱い方がなかなかわからなかった」ということは、監督は女性としてみていて、本当は優しい人「鬼の大松」ではなく「仏の大松」だったかもしれません!