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 風邪、インフルエンザが流行してきました!!

 NHKのあさイチの「有働由美子アナウンサー」もダウンしています。あさイチは8時15分からの毎月曜日から毎金曜日までの番組です。
 昨日有働アナウンサーが風邪を引き、鼻声(美声)で司会進行されていました。多分明日はお休みかな?と思っていました。
 本日は有働さんではなく、ピンチヒッターになっていました。昨日は浜田さんもインフルエンザになっていたし・・

 ということは、東京はかなり風邪が流行っているということですね!
 当院にも本日、インフルエンザA型の中学生が、昨日は他の医療機関で13日にインフルエンザA型といわれ、本日からの登校許可書を書いてほしいという高校生がきていました。

 いよいよ風邪シーズン到来です!!
なんといっても予防注射、マスク、手洗い、体調不良時は安静、などをしておけば、罹患リスクは下がるでしょう!!

 荒牧さんは休養します。最後のライブでした!(その2)

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 聞くところによれば、荒牧陽子(31才)が年内いっぱいで休養することを11月9日に所属事務所を通じて発表した。約3カ月前にのどに違和感を覚えてから、精神的ストレスで体調を崩したという。現在は大好きだった歌を歌うことが「苦しい」といい、休業を決断したらしい。
 荒牧は2011年7月にバラエティ番組でテレビ初登場すると、倖田來未や大黒摩季、坂本冬美らのものまねを披露し、そのクオリティーの高さで人気となり、“新ものまねの女王”と呼ばれるように。マスコミあての直筆ファクスには、大好きな歌への思いと歌うことの苦しさがつづられ、「休養」が苦渋の決断だったことを漂わせた。
 休養の理由には体調を崩したことを挙げ、「『モノマネ』をするために喉を酷使したために喉を潰し、歌を歌えなくなる恐怖から精神的ストレスにより体調も良くありませんでした」と説明。ここ数カ月間は、微熱がありながらも仕事を続けていたことを告白した
 確かにディナーショーで物まねしていましたが、倖田來未、浜崎あゆみ、レディーガガなどが同じような声に聞こえました。のどが疲労しているのでしょうね!
 ディナーショーでは、今日が最後の生ライブといってました。しばらく休みますと、でも理由は言いませんでした。またライブがあるときは、必ずまた行きたいと思います。
 写真はお食事です!まぁまぁでした。ステーキは少し食べてから写真を撮ってます。デザートはクリスマスツリーをイメージしているそうです(ポートピアホテルにて)

 ヴィッセル神戸がJ2に降格してしまいました!!

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 私の独断と偏見で、感じたことを書きたいと思います。

 妻と二人で、車で新開地まで行き、コインパーキングに車を停めて、そこからスタジアムまでタクシーで行きました。3時頃でしたので、かなりのお客さんでスタジアムは詰まっていました。
 3時33分キックオフ、広島はあまり積極的にゲームをせず、神戸がフィールドの支配率では勝っていたように思います。ここだけの話ですが、神戸にもっと攻めてくださいというような感じに思えました。前半は0-0で終了。後半が始まり7分経ったところで、DF北本選手がFW佐藤選手の足を引っ掛けてPKを与えてしまいました。PKを蹴ったのはMF森崎選手でゴール右側に入ってしまいました。その後もチャンスはいくらでもありました。広島は神戸にもっと攻めてこいといっているかのように思えました。結局ゴールできず敗北して他球場での新潟が勝ったためJ2降格になりました。
 今季は大型補強で、大きな期待を背負ってのシーズン突入!しかし、結果が思わしくなく監督交代が2回もあり、そして結果が出ない時期が、7試合無得点で和田監督が交代し、西野監督も10試合くらい勝てなくて交代となっている経緯がある。つまり、運がないとしかいうようがない!!
 足立監督でJ2でどこまでやれるか、楽しみですね!!運のいい監督ならもっといいですね!!

 今週はしんどかった!(11月3日~9日まで)

 3日4日とノロウィルスにノロわれダウンしていました。お湯ばかり飲んで食事はできませんでした。
 それでも、4日はフットサル大会に数分間だけ出場していました。その後は自宅で寝ています。

 5日6日は、月初めのレセプト点検をしたかったのでしが、体調悪くてしんどかったのですが、外来は頑張ってしており、6日には往診7件も行っており、午後診が済んでからはゆっくりとしました。5日の午後から食事ができるようになりました。

 7日は往診が15件、水曜日は午後から休診にしています。五時半に往診を終えましたが、1件別口があり西区押部谷町まで行ってきました。病み上がりでしんどかったのですが、5年前に約束していた患者さんなので、往診をいうてきましたので行ってきました。帰宅は8時ごろでした。自宅で食事をしてから診療所に戻り、やっとレセプト点検を始めることができました。(10時~1時まで)
 
 8日はかなり元気になりましたので、午後診後にレセプトを一気に最後まで点検してしまうことができました。(9時~1時)

 9日は暇になると思ってましたが、午前診後のレセプト送信時にいろいろ問題が出て、業者に連絡しながら、結局午後2時になってやっと送信終了!
 ところが今日はインフルエンザワクチンをする日にしていましたので、一般診療以外に、35人くらいに注射したので疲れてしまいました。

 今週はクタクタでした!! 明日が、やっと土曜日、ゆっくりできるかな!?
  

 少し一体型レセコン・電子カルテになれてきましたが・・・

 一つの画面でレセプト(診療報酬明細書)と電子カルテが同時に見れるようになりました。今まではレセプトをしている時は、モニターを2台見ながら、訂正などしたら、もう一台の画面で親機での承認していたので、結構手間でした。この一体型になってからは、当院では40インチのモニターを使用しているため、余裕で二画面でチェックができております。今度5日にインストラクターが来てレセプト提出する予定になっていますが、レセプトチェックは悠々間に合います。
 ところが、この機械には寂しいところがあります。旧機種には往診の予定を入力をするスペースがありましたが、この新機種ではありません。予約診療にして、往診の計画を作って利用しています。
 つまり往診などする医者が少なくなってきたのでので、往診のスペースを削除したと思います。
 私は思います。電子カルテは、コンピューター屋が作るのではなく、病院は病院の医者が、町の医院は開業医が、そして往診の多い医院はその医者が、それぞれ作ればいいと思う。なんとなく机上の空論の匂いがするのは、私だけでしょうか?

 阪神の金本知憲外野手(44)が今季限りでの現役引退表明!!

 本日午後、兵庫県西宮市で会見した金本は「よく頑張ったなという思いはあるが、この3年間は惨めで、こんな苦しい人生あるのかなという気持ちだった」と胸中を明かした。
 21年の選手生活を振り返り、涙を浮かべた金本は「いろいろな悔いがある。若いとき、もっと練習しておけば、もっといい結果が出ただろうし…。また来年もチャレンジしたいという悔いもあります」とユニホームを脱ぐ寂しさを口にした。
 近年は右肩のケガと闘いながらプレーした金本。今季も4番をはじめ主にクリーンアップを務めたが、チームが5位低迷を受けて来季に向けた選手育成にシフトする中、最近は出場機会が代打に限られていた。
 1991年ドラフト4位で広島に入団し、2003年から阪神でプレー。99年7月21日から10年4月17日には1492試合連続フルイニング出場(1万3686イニング)の世界記録を樹立した。

 テレビを見ていたら、漫才師のますだ・おかだのますださんが「約12年間フル出場しているが、金本選手を引き吊り降ろすだけの実力のある選手がいなかったということですね!」とのコメントでした。私は「金本選手を降ろしたくても、降ろせる監督がいなかった」と思っております。いくらでもいい選手はいました。使い方が下手なだけです。巨人の監督なら、私でも首位になっていると思います。阪神の監督は落合さんがいいと思います。

 本日(6月3日)は当番医でした!

 15人の方が来院してくれました。でも診察はつかれました!

 朝すぐは3人が下痢、嘔吐で来院でした。あとは風邪の人が半数くらいでした。

 高熱で来られた方は扁桃腺が腫れ、化膿していました。たぶん日曜日まで、お仕事で来れなかったと思います。会社を休んで医療機関に行った方がよかったと思います。

 3才の子供でおたふくかぜがいました。これから流行するかもしれません。

 風邪で来られた方でしたが、趣味でキックボクシングをしておられる人がいました。酸素によく入っていたと話をしてくれました。

 小学1年生で、小児喘息の子がきました。来院時はひどい発作ではないのですが、よく咳をしているといって心配になって来院したようです。非常に元気のいい子なので、家族が喘息(呼吸困難がある)に気がついていなかったと思います。呼吸困難が起こっていた根拠は小学生の割には、大胸筋が発達していました。呼吸困難があって大きく胸で息をしていたわけです。

 家族がしっかり見張ってやらないといけない疾患の一つが、小児喘息です。発作の徴候があるとき、治療すればたいした病気ではありません!

 ヴィッセル神戸の監督交代(裏話?)

 ここだけの話ですが、和田監督は成績不振になってもやめることはないとヴィッセルのスタッフはいうてたような気がします。ヴィッセル一筋で17年くらい選手やコーチや監督などをやっています。息子もユースで頑張っています。たぶん監督交代ではなく、卒業で、幹部組織の一員になるような気がします。
 
 もともと和田監督は、前の監督のつなぎで監督になっています。
「和田監督は10年9月、コーチから監督に昇格し、そのシーズンはJ2降格の危機にあったクラブをJ1残留に導いた」そしてその翌年は9位までになり、たぶんここまでやるとは幹部組織の方々は思ってなかったのでしょう!
 スケベー根性だして、もっと上をねらいに大型補強をしましたが、空回り、連敗の連続、修正がきかなくなったということで監督に責任を取らしたという分析です!!。
 いざ今度は素人の監督屋さんの起用せず、本当の監督;西野さんを招致したというわけです。

 和田監督! お疲れ様でした。ストレスから開放されたとおもいます。これからも、ヴィッセル神戸のために力になってください!

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